思い出プレイリスト
音楽紹介だけでいいんだよぐだぐだ書きやがってばかやろーて人は、楽曲部分だけどうぞ。長いです。
ポータブルプレーヤー
音楽を自分の意思で選び始めたのは、小学2年生くらいから。
色々とルールが厳しい家庭で育ったので、テレビは夕飯の時間まで、20時にはベッドに入っていた。それでも同級生の翌朝の話題についていきたくて、観てもないドラマの主題歌や、いわゆるMステに出てくるようなJ-popばかり聴いた。
ちょうどその頃のクリスマスに、ポータブルMDプレーヤーをサンタさんにもらった。(現代っ子にMDってなに?とか言われたら怖いのであらかじめ説明しておくと、小さいCDというかカセットみたいな、10曲くらいしか入らない記録媒体のこと。)
当時習っていたバレエの発表会用と、お気に入りの曲を詰め込む用数枚をせっせと作っては大事に聴いていた。
その後、ITの世界はどんどん進化して、CDが自宅で焼ける感動をとっくに通り越して、USBみたいな小さな媒体で、その何十倍、何百倍もの楽曲を扱えるようになった。
中学生半ば頃には私もiPodに家にあるCD全てを取り込んで、それでもまだ余る容量に感動し、一方でその一部のお気に入りしか聴かないことにもったいなさを感じながら音楽を聴いていた。
そのデジタルな社会は警鐘を鳴らされがちだけど、でもMDを使っていた頃には家にあることすら知らなかったCDの曲や、ツタヤで借りても聴き切らずに返してしまってたかもしれない曲を、とりあえず取り込んで、いつか聴こう、で並べておけるようになった。
おかげで、とりあえずで取り込んだあの曲や、出会ったその瞬間には響かなかったアルバムの中の一曲が、あとになって改めて響くってこともあると知った。
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初めから運命を感じる恋も素敵だけど、共通点の多いクラスメイトくらいだったのに、学校を卒業してから街ですれ違って新たな一面を知って、それから落ちる恋も結構良くない?
うん。まあそういうわけで、前置きはそのくらいにして、私がそうして出会った、元はただの知り合いだったあの曲との再会のきっかけとか、こういうところが好きなんですって惚気るので、ここまで読んだからにはこっからも読んでください。
・青の光景
再会した曲とか言いながら、これは去年の年始にツタヤでアホみたいな量借りたうちの一枚で、たまたま手に取った秦基博さんのアルバムの名前。iPodにいれたまま忘れて、去年の春終わりから梅雨にかけて、就職活動をしている時期に再会して"恋に落ちた"。
それは、企業から初めての不採用通知をもらい、その当時付き合っていた人に「好きかわからない」と言われる、久々のどん底にいる頃。
(これは余談だけど、付き合ってる相手のことを好きかわからないって、そう思った時点で既に好きじゃなくなってしまってるんだと思う。そういうときはわからないとか曖昧なこと伝えるんじゃなくて、別れを告げるか、黙ってそのままでいるか、どちらかであるべき、と私は思う。)
就活にも付き合ってる人にも、自分を試され続ける日々に疲弊して、久々に音楽を聴いて癒されたい、もしくは塞ぎ込みたい、という感情を持った。
中高生の頃の、キラキラしてて、でも結構苦しい恋をしていた頃みたいに。
『嘘』
お願いだ 今だけはせめて 嘘をつかないでくれ
雨の中、企業の説明会帰り、スーツでオフィス街を早足に歩きながら、この言葉に何度か泣いた。
嘘ついたことを 嘘ついて 嘘をごまかしてばかりで
傷つけたくせに 傷ついて 傷を舐め合ってばかりで
終わりにしようよ
このまま悲しいだけで終わらないで、少しでも希望を見せるところが秦さんぽい!と勝手に思っている。
僕たちだけでも 指切りしよう
アルバムの最初の曲がこの曲じゃなかったら、もしかしたらアルバム全体を聴いてなかったかもしれないというほど、きっかけになった曲だった。
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それからもう一曲、これは雨の中で聴くよりは、せっかく晴れてるのに鬱々とした用事に向かうときとか、夕日が眩しい時間の電車での帰り道とか、そういうときに聴いてほしい。
『美しい穢れ』
知らない君が溢れて 僕はもう壊れそうだよ
こんな風に思われる女性になりたいと思って生きてるつもりだけど、この時は完全に逆で、結構壊れそうだった(珍しくちゃんと恋愛してたのかな)
僕のものにならないのなら 君よいっそ 消えてしまえ
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そして最後に、2月ライブで演奏した曲。
『水彩の月』
これは本当はライブの曲間MCで話すつもりだったのだけれど、大学入学直前に失った妹を思い起こす曲だ。
話せなかったことがたくさんあるんだ
毎年この時期は、どこかしらのサークルのイベントに没頭することで、家の重く暗い空気とか、色んなものを誤魔化して過ごしてきた。
去年くらいまでは、妹との思い出に思う存分浸るか、すっかり忘れられるように気を紛らわすかのどちらかだったけど、今年はこの曲くらいの温度感でその日を迎えられた。
ただそこにある それだけでいい
君が教えてくれた美しさ
生きてくことに意味があるなら
ただ ひたむきであれたら
事情を知ってる人の前ではやっぱり、ある程度喪に服しているような、そういう態度を取らなければいけないんじゃないかと心のどこかで思ってしまって、身動きが取れなくなる。
彼女の分まで楽しんで、とかって周りは簡単に言うけれど、彼女の人生と私の人生は違う。
たとえ、生きてるってだけですごく幸せなことだとわかっていても。
様々な葛藤を超えて、ただ失った悲しみだけを思うことができるようになったのは、本当につい最近だ。
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おまけで2月ライブで演奏したもう一曲も紹介しておく。
『朝が来る前に』
この曲は、私にとって秦さんが"STAND BY ME ドラえもんの『ひまわりの約束』を歌う人"ってだけのイメージだったのを覆してくれた曲だ。
朝が来るその前に行こう 流れる涙 見えないように
悲しいことも連れて行くよ 悲しみがあるから 今の僕ら いるから
妹との別れは夜明け頃だったから、水彩の月と並べるとすごくよく当てはまるが、それはこの曲に紐付けされた思い出の一部でしかない。
家が厳しくて門限に間に合って帰るためにいつも打ち上げを早抜けする自分にとって、打ち上げ後の公園での雑談は憧れだった。
その、朝日が昇るまで、人との別れを惜しむというか、その日が終わってしまうことを惜しむような、その行為がいいなと思う。
これを誰かに大真面目に話したら、公園でのそれはそんなに素敵な感じでもないよ、寒いしと笑われたが、素敵じゃないし寒いのに皆残ってるなんて、もっといいじゃん、と思った。
ほら 朝がもう そこまで来ているよ
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困ったことに今回紹介した青の光景の、ライブでやってない2曲は全然有名曲でもなく、動画などがアップされていないため、iTunesの音源を使用している。
気になってくれた人はぜひググってほしい、もちろん連絡をくれたらとっても嬉しい。
ステージに立つということ
自分が好きな曲をMUJFKの場でその曲に興味も何もないような人を誘って、一緒に練習して、ステージに立つ。
「失敗したらどうしよう、聴いてもらえなかったらどうしよう、バカにされたらどうしよう。」
私はそればっかり考えてなかなかできなかったけど、
たとえステージが自己満足で終わってしまっても、本番皆が自分の出番に必死で聴いててもらえなくても、それでもバンドを一緒に組んでくれたメンバーにとって、
練習やその合間のたわいもない会話が、
一つ前のバンドが終わるのを一緒に見守る時間が、
本番間違えて目を見合わせちゃったあの瞬間が、
その音楽の思い出の一部になって、その人にとって私と出会わなかったら聴かなかったような音楽を、いつかまた聴いた時にああ、あのときあの人と一緒に演奏したなあって思ってもらえたら素敵だなあ、と思うようになった。
思い出プレイリスト
「たまたま出会った音楽のうち、その頃の自分の状況とか気分とかにたまたま当てはまったものが、思い出と紐付いて"私の好きな曲"に仲間入りする」
この作業を繰り返して、iPodに曲が並んでいくだけじゃなくて思い出も一緒に並ぶ。
そんな思い出が詰まった楽曲を聴いてます、なんて話、皆当たり前なのかもしれない。
でも音楽を演奏する側の団体に高校でも大学でも所属してきた自分は、「この曲のこのリフが好きなんだよね」とか「このベースラインがいい」っていうように、色んな曲を聴いて自分の糧にしていくような周りの姿を見ると、そんな自分が恥ずかしくなることもあった。基本的に音楽を聴く姿勢がミーハーだしね。
そんな私が音楽を語ろうとしたら、こんな風に自分の色んな思い出話をすることになった。
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実は初めて買ったCDも、初めて行ったライブもコブクロで、今乗ってる電車の行き先もコブクロのファンフェス。
だから当初このイベントについて聞いたときは、コブクロについて書いてもいいかなあと思ったのだけれど、きっとそれはまたあまりにも長くなってしまうから、またいつか機会があれば書きに来ようかな、と。
ばいばい。